親の心を知るとき


テレビはあまり見ないので、

寝室にあった小さなテレビを下ろして、リビングのテレビを処分。



100均で買った麻糸で編んだカゴを花籠にしてみた。




お正月に買った柳を部屋に入れてみた。




晩ご飯は、冷凍してあったカレー



結婚した当初、姑が「私はあなた達の世話にはならないわ。老人ホームに入ります。」と言った。当時は介護施設なんてあんまりなくて、私は母の真意がわからなかった。けれど、数年後…

姑がこんなことを言った。

「私が死んだらお父さんのお世話は大変よ。食事中、食後のお茶は違うお茶を入れなきゃならないし、お父さんはワガママよ。」っておっしゃった。

父にはホームじゃなく、私達と暮らしてほしいのだ。

私は躊躇わずにヘルパーの資格を取った。義父母と一緒に暮らすため、姑の介護をするため。


インスタに50歳で離婚して(元医師の妻)、実家に帰り実父を施設に入れて実家を売却、憧れの東京で賃貸暮らしをしている女性がいる。

東京で暮らしたかった。娘の近くで暮らしたかった。という女性の姿は素直で素敵だと思った。

けれど、自分が父親を介護することは父の犠牲になると考えた。娘にも犠牲を強いるかもしれない。娘には世界に羽ばたいてもらいたい…

だから父親に施設に入ってもらったというようなことが書いてあって

ちょっと違うかなぁ…って思った。


親は子供のためなら喜んで施設に入ると思う…「東京に行きたいの、娘の近くに住みたいの」という娘の言葉を聞いて、お父さんは喜んで施設に入ったんだと思う。


そんなお父さんの気持ちに感謝して、東京で頑張ればいいと思う。

娘さんの話は別。

娘さんがアメリカに行くと言えば、頑張れ!って送り出せばいいし、娘さんがお母さんと一緒に暮らしたいと言えば、ありがとうと言えばいい。と思う。


どうして親を介護することを犠牲になるって思うのか、私にはわからない。